宇宙の法則講座11回目の今回は、運命は決まっているのか?自由意志は本当に存在するのか?のお話をしていきます。
運命は決まっているのか?
「運命は決まっているのか」
そして
「自由意志は本当にあるのか」
この問いは、古代から現代に至るまで、多くの人が考え続けてきたテーマです。
もしすべてが決まっているのだとしたら、
努力する意味はあるのでしょうか。
逆に、すべてが自由だとしたら、
なぜ人は同じような人生パターンを繰り返すのでしょうか。
今回は、このテーマを、ヴェーダ哲学の視点から、構造として解いていきます。
まず最初に、
「運命とは何か」を整理しておきましょう。
ヴェーダの哲学では、運命とはカルマが現れる設計図のようなものと考えます。
つまり、
人生でどのような出来事が起きやすいか
どのようなテーマを経験するか
そうした「大枠の流れ」は、ある程度決まっています。
例えば、
どんな人と出会いやすいか
どんな課題に向き合うか
人生の転機がいつ来るか
こうしたものは、完全にランダムではないとされています。
これが「運命」と呼ばれる部分です。
自由意志は存在しないのか?
ここで疑問が生まれます。
もし運命がある程度決まっているのなら、自由意志は存在しないのでしょうか。
ヴェーダ哲学の答えは、「部分的に存在する」です。
つまり、
すべてが自由でもなければ、すべてが決まっているわけでもない。
この2つは対立するものではなく、同時に存在していると考えます。
ヴェーダ哲学では、人生には決まっている部分と、決まっていない部分があると考えます。
決まっているのは、
起きる出来事の種類
経験するテーマ
大きな流れ
一方で、決まっていないのは、
その出来事にどう反応するか
どのように意味づけするか
どのような行動を選ぶか
です。
つまり、
出来事はある程度決まっているけれども、その体験の質は自由意志によって変わるという構造です。
この視点を持つと、あることが見えてきます。
それは、同じような運命の流れの中でも、人によって人生の質が大きく変わる理由です。
同じ出来事が起きても、
被害者として生きる人
学びとして受け取る人
がいます。
外側の現実は似ていても、内側の体験はまったく違います。
この違いを生み出しているのが、自由意志の使い方です。
自由意志はどこにあるのか?
では、自由意志はどこにあるのでしょうか。
ここで重要なのが、インド哲学におけるサークシー=観る意識という概念です。
私たちは普段、
思考や感情に巻き込まれて生きています。
しかし、それらを一歩引いて観ることができる意識があります。
それがサークシーです。
この「観る意識」が働いたとき、私たちは初めて無意識の反応ではなく、選択することができるようになります。
つまり自由意志とは、「何でも自由にできる力」ではなく、反応から距離を取って選択できる力なのです。
多くの人が自由意志を感じられないのは、日常のほとんどが無意識の反応で動いているからです。
過去の経験や思考パターンによって、自動的に選択している状態です。
この状態では、確かに人生は「決まっている」ように感じられます。
しかし、観る意識が働き始めると、その流れの中に小さな選択の余地があることに気づきます。
そしてその小さな選択が、やがて大きな違いを生み出していきます。
ここまでをまとめると、
運命と自由意志は対立するものではなく、役割が違うものです。
運命は、人生の舞台や設定のようなもの。
自由意志は、その舞台の上でどのように生きるかを選ぶ力
です。
舞台は決まっていても、演じ方は選ぶことができます。
そしてその演じ方によって、人生の意味は大きく変わっていきます。
まとめ
今回は、運命と自由意志の関係についてお話しました。
運命は、カルマによってある程度の流れが決まっています。
しかし、その中でどう生きるかは、自由意志によって選ぶことができます。
そしてその鍵となるのが、観る意識です。
この意識が働くことで、私たちは無意識の流れから離れ、新しい選択をすることができるようになります。
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